そもそも何故?結婚式に結婚式場が必要な理由

「式」に疑念を抱く人にとって最も気にかかるのは形骸化でしょう。式というものが形だけのものなのか、それとも形に相乗して本質的な役割を含むものなのか。疑問を持つのも無理はなく、それが現代人にとってそれだけ重要な問いで、これから更に社会全体でも考え直していかなければならないテーマであるからです。

教養が発達して本質を見抜く力が養われるようになってきている現代人にとって、式の必要性が疑わしく思えるのはむしろ自然なことです。学校でも会社でもプライベートでも、どこでも式や形式というものは付きまといます。そうした日々の繰り返しの中から疑念を重ねてきた人も少なくない。ここでは、そうした懐疑的な視点を意識しながら式や式場の需要を考えていきます。

特筆して、結婚式などはなにかと出費も多く尚更それについて深く考えておかなければならない経済的事情もそれぞれ抱えています。そこから「本当に式または式場が必要なのかどうか」という方向性で考えてみたとすれば、疑念がよりいっそう深まってしまうこともある。むしろ、経済的事情が起因となって初めて疑念を抱くようになる人も多いかと思います。

だからこそ、今一度結婚式と式場が必要となる理由を考えてみる必要がある。

まず、式という形そのものにどんな本質があるのかについては、「移行」と「統制」そして「交流」などが主な本質であると考えましょう。個人が節目を意識して次ステップへと移行するためのものでもあれば、個人の集まりである組織で個々が同一の形に沿うようにして移行することで連帯意識を高めて統制を図るためものでもあり、交流から情を分かち合うためのものでもある。

それらを踏まえれば、組織で結婚を祝福しながら次ステップへ移行するための形として、結婚式自体には需要があると考えることが出来るようになる。

重要なのはここからです。そうした本質というのは結婚式場を用いなくても慣習に沿わなくても行えてしまうものですし、自由に想うがまま催しても何らおかしいということはなく、本来必要である本質さえ果たせていれば社会的な目的も損なわれない。逆に言えば「慣習だから・定例だから・やらなきゃおかしいから」という理由だけで成り行きに任せるだけで済んだものとしてしまえば、人によっては後々に後悔する可能性も考えられ、そうした失敗談を語ってくれている体験者も居ます。

かと言って、他に見劣りしないだけの質と特別感のある結婚式を催すためのプランを二人だけで練るには相応に手間と時間が必要になりますし、実際の準備にも手間と時間もかかれば人手が足りないということも考えられます。仕事で忙しかったり考える余裕がない場合も多いでしょうし、とても片手間に容易に出来ることではない。そう考えた時、結婚式場の利用に需要が見えてくるはずです。

こちらの要望に対して都合の良い結婚式場を探すのは多少の手間をかけるべきです。それさえ見つかれば実行可能な計画の範囲は広がります。そのとき最も注意したいのは、結婚式場を用いる決心した段階でも用意してもらえるプランに依存しきらず、しっかりと自身達の結婚式の希望をしっかりイメージしておいて、強く要望することです。

そこでさえ楽な流れに流されてしまわなければ、定例の結婚式場を用いた結婚式も「特別で見劣りのしない本質的なもの」になると思います。もし、自身達であらかじめ考えておくのが難しいなら、知人や専門の人に相談してみるのも良い。理想のためなら必ずしも焦って先急ぐ必要はなく、真剣に時間をかけておきたい。そうして強く理想とその実現を思い描いておけば周囲に反対される心配も減ります。